価値データの民主化へ

「価値データ」の記録

人類文明が進化する中で、村を中心とする社会から都市や国家を中心とした社会形成の中で、文字の記録が大きな役割を果たした。村内部だけの生活であれば、ほとんどの人がお互いの傍で生活し、経済活動も村住民内部の取引にとどまるため、さほど文字で記録する必要はなかったのである。しかし、文明が進歩するにつれて都市国家や多数の都市を束ねた帝国が出現するためには、日常生活で会ったこともない人との経済的やり取りが発生するようになる。例えば、王国への納税、個人の階級、土地の所有などのデータは、王国のような何十万人、何百万人が同じ組織の中で生活と経済活動を行うために、共通の認識を持ち協業することが不可欠だった。現在発掘された人類の記録の中で初めて人の名前が記録された有名なクシムの粘土板も、このような価値データである納税の穀物の受け取りを記録した内容である。

         Photo source: The Schoyen Collection © The Schøyen Collection, Oslo and London
         内容は“37カ月の間に2万9086単位の大麦を受領した。(署名)クシム”と推測されている。 

このように個人や組織がルールに基づいて物や権利などの価値の所有権を取得、譲渡するには、社会全体が同意する台帳に記録する必要がある。人類文明の歴史の中で、個人の権利と義務を記録するために、政府、銀行、教会などの中央権力が作られた。これらの組織は、価値データを記録する権利を獲得し、価値データで人々の権利と義務を記録し、その権利と義務が果たされるように権力を使ってきたのである。しかし、社会の中で記録できる価値データの種類とそれを記録できる中央権力の組織が限られているため、個人が所有しているものや権利が中央当局によって記録されていないものもたくさんある。そして、中央集権型記録システムの強みはその弱点でもある。私たちが信頼する中央権力は、戦争や権力の変化によって消滅し、中断する可能性がある。例えば、中国共産党が新しい政権を作る前の土地所有権者とその後の土地所有権者は、大きく変わった。日本も戦前と戦後では、価値データの記録が大きく中央権力によって一方的に変更された。一方、中央権力が存続しても、元帳への記録は大きなコストがかかり、記録の公平性を保ちながらすべての価値データを記録することは難しい。

私たちの社会活動や経済活動範囲は地域社会を超えて地球規模にまで拡大しているため、グローバルで普遍的な記録を確立することが重要になっている。
そのため価値データがグローバルな合意に基づき、維持され、現在の集中型モデルよりも安定してかつ低いコストで取引を記録する必要がある。 ソリューションとして、ブロックチェーン技術を利用した分散型の価値データを記録するモデルが期待されているのである。

IoTと個人データの分散化:データ所有と利用の民主化

データはデジタル経済の新しい石油であるとよく例えられるが、データというオイルの所有権は誰にあるのだろうか? 現在、ほとんどのデータを収集して保存しているのはGAFA(Google、Amazon.com、Facebook、Apple)である。彼らがデータをどのように使用しているかは、一般ユーザーにとってはブラックボックスだ。 完全なサプライチェーンが見える石油産業とは異なり、データの供給方法と使用方法は一般の人々からは隠されている。
収集されたデータは共有され、流通し、デジタル時代を推進するための燃料として使用されるべきである。しかし、大企業は新しい競合他社が市場に参入するのを防ぎ競争優位性を保つために、データ所有権を使用している。
その結果データの潜在能力が十分に発揮されず、中小企業は保有していないデータでイノベーションを起こすことはできない。

この問題を解決するにはデータの所有権を個人に戻す、つまり分散化する必要がある。 ブロックチェーンはデータの所有権の記録を非常に低コストで提供すると同時に、データの信頼性と透明性を維持できる。そして大手企業だけではなく、中小企業も個人からデータを購入し、許諾の下でデータを利用し、価値に変えることができるようになるのである。

IHS Markitによると、2030年までに世界の接続デバイスの数は1,250億に達し、膨大な量のデータが生成される。中小企業や個人が必要に応じてこのデータにアクセスできるようにするためには、中央集権化されたデータ管理ではなく、センサー所有者間のダイレクトなデータ取引が望ましいと考えられている。中央集権的な管理はハッカーから攻撃のターゲットになりやすいだけではなく、多くのセンサー所有者に自分のデータを共有させることは難しい。その中央集権の管理者が政府だとしても、どのぐらいの人が個人のデータや自分のセンサーデータを共有するのだろうか? また、データの共有のためにセンサー所有者に少額の金銭の支払いである「マイクロペイメント」が行われるが、従来の銀行経由の送金の方法ではコストが高すぎて実現できないだろう。信頼性、コストから見てブロックチェーン技術を使ったIoTデータの取引プラットフォームが、注目を浴びているのである。

市場の分散化:空間と時間を超えた価値交換

今ブロックチェーンのデジタル資産の取引所として一番よく知られているのが、仮想通貨の取引所である。日本では、その取引所のほとんどが中央集権型取引所だ。中央集権型取引所では、すべての取引が取引所運営者のサーバーに記録される。取引所運営者のサーバーは外部から隠されているため、ユーザーは取引所運営者を信頼する必要がある。中央集権型取引所は、ユーザーの情報や資産を1カ所に管理しているため、ハッカーを引き付けるハニーポットでもある。日本の仮想通貨取引所でも何度も大きなハッキング事件があり、多くの仮想通貨が盗まれたことは、報道で一般の方たちにもよく知られていると思う。中央集権型取引所の不足を補うために、分散型取引所がブロックチェーン技術を使って作られたのである。分散型取引所ではユーザー資産とユーザー情報は取引所運営業者で集中管理されずにユーザーにその保管の権利と責任を持たせる。そして取引所運営業者自体がプログラムコードで実装できるため、取引の実行コストが非常に低くなる。ブロックチェーンにプログラムコードで作られたルールを使用してブロックチェーンで実行されるため、すべての人がそのコードを確認でき、嘘をつくことも騙すこともできない構造になっているのである。そして、このような分散型取引所は、仮想通貨取引以外のブロックチェーン上に記録可能なすべてのデジタル資産の取引に対応できまる。ブロックチェーン上で記録されるデジタル資産が増えるにつれて、分散型取引所はますます魅力的なものになるのだ。

まだ黎明期である価値データの分散化モデル

ブロックチェーンのような技術革新による分散型モデルだけで、本当に人々はそれを信じて、記録されたデータを“本物”の価値データとして認めるのかと、疑問を持たれる人も多いと思う。30年前インターネットが出現したときにも人々は同じ疑問を持っていた。誰でも情報発信できるが、そのようなフィルタリングと裏付けされてない情報を本気で信じることはできないと普通に思われていた。しかし、今やわれわれはツイッターで米国のトランプ大統領の考え方を直接読むことができ、それをニューヨークタイムズが解説するトランプ大統領の考え方と比べてどちらが信用に値するか聞かれるとき、どう思うだろうか? インターネットの発展の上で現実になったことが、ブロックチェーンの発展の上でも再現されるかもしれない。

参考文献

  • ・『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ著
  • ・  矢野誠、クリス・ダイ、増田健一、岸本吉生『ネクスト・ブロックチェーン 次世代産業創生のエコシステム』日本経済新聞出版社、2019年